野田研究室 野田尚史 学歴・職歴 著書・論文 講演・発表


※この「あとがき」は,『〈もっと知りたい!日本語〉 なぜ伝わらない,その日本語』(岩波書店,2005年)に載せるために書いたものです。事情があって,新しい「あとがき」に書き換えたため,元の「幻の「あとがき」」はここに載せることにしました。「あとがき」を書き換えた事情については,本の「あとがき」に書いてあります。

     あ と が き

 私は,体に悪いことや不快な状況に敏感な体質です。

 少し暗い所で本を読もうとすると,1分もたたないうちに気分が悪くなります。ですから,昼間は車内の電気を消している電車では,本を読めません。

 パソコンの画面も苦手です。画面はできるだけ目から遠くに離し,上からのぞき込むような角度に置いています。画面の文字はできるだけ大きく表示しています。部屋は,遮光カーテンで外の光を遮り,画面には白い壁以外は映り込まないようにしています。それでも,連続2時間が限度です。

 カフェインもダメです。コーヒーでも紅茶でも緑茶でも,どれかを1日に1杯までです。それ以上だと,どきどきしたり吐き気がしたりすることがあります。

 20代の中ごろまでは,カフェインがダメとは気がついていませんでした。人と会って話をすると,別に気をつかう人でもないのに,いたたまれない気分になることがあり,人と話をするのが苦手だと思っていました。でも,お酒の席では大丈夫なので,不思議でした。喫茶店で飲むコーヒーのせいかもしれないと思い,ジュースを頼むようにしたら,人と話をするのが平気になりました。

 暗い場所での読書やカフェインと同じように,私はわかりにくい日本語にも敏感です。理屈としてではなく,体質としてです。

 ごちゃごちゃとわかりにくく書いてある文章は,読まなければいけないものでも,読む気がしなくなります。要領を得ないメールには,返事を書く気がなくなり,長い間,そのまま放っておくこともあります。

 この本は,そんな私の体質から生まれました。これまでの生活の中で敏感に感じてきた「読む気がなくなる日本語」や「読んでもよくわからない日本語」を例にして,「相手がきちんと読んでくれ,相手にうまく伝わる日本語」を書くには,どうすればよいのかを伝えようとしました。

 日本語の書きかたについての本は今までにもたくさん出ていますが,最近までは,プロの書きかたに近づくことを目標にしているものが多かったと思います。でも,プロでない普通の人にとっては,相手に伝わるメールや掲示や案内図を書くことが大事です。普通の人は,プロの作る料理を習うより,家庭料理を習うほうが役に立つのと同じことです。そのような方針で身近で具体的な例を取り上げました。

 この本で見ていただいたのはすべて日本語の例ですが,この本で伝えたかったことは,どの言語で表現するときにも当てはまることが多いと思います。日本中で,また,世界中で,快適な書きかたが多くなり,人と人とのコミュニケーションがスムーズに行われるようになることを願っています。

 

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